映画祭レポート⑭/マスタークラス 久野遥子「アニメのホヤを食べさせたい」


 
 映画祭3日目、今回の映画祭のメインビジュアルを担当するアニメーション作家・漫画家の久野遥子さんをお招きし、マスタークラス「アニメのホヤを食べさせたい」が開催された。
 
 まず本人が「名刺のような作品です」と言う、優れた画力とカメラワークで構成された卒業制作作品『Airy me』の上映ののち、自身の作品と仕事の変遷について楽しく語られた。
 当初はクリエイターになりたいという考えはあまりなく、カメラワークを工夫した実写の作品に興味があり、CM制作会社に就職。その半年後、岩井俊二監督から誘いを受け、「ロトスコープアニメーションディレクター」として長編作品『花とアリス殺人事件』(2015年)の制作に関わる。背景美術や3DCGのスタッフにはプロが集まる一方、作画スタッフは経験の浅いメンバーが多く、久野さん自身も制作現場の王道がわからず、試行錯誤を繰り返したという。
 

 
 ほかにも制作チームに参加した作品として、TVアニメ『宝石の国』(2017年)と劇場長編作品『ペンギン・ハイウェイ』(2018年)がある。
 『宝石の国』では、この機会に一般的なアニメの制作工程を学ぼうと考え、アシスタントディレクターとして関わる。久野さんは本作品のエンディングも担当し、「原作の雰囲気を3DCGの本編で表現するのは難しかったので、エンディングでは原作の雰囲気を活かしてみよう」と演出を行った。またコンセプトデザインを担当した『ペンギン・ハイウェイ』では、“日常のあらゆるものがペンギンに変化していく”シーンについて、パターンを動画も交えてイメージしていったそうで、たとえば、作中、コカコーラ缶がペンギンに変わる印象的なシーンは久野さんのイメージによるものである。
 

 
 『クレヨンしんちゃん 襲来!! 宇宙人シリリ』(2017年)には、キャラクターデザインとして参加している。劇場映画シリーズ25作目という節目であったことから、今までのシリーズと違ったテイストにしたいとの思いが制作陣にあり、「変わったキャラクターデザインを頼みたい」と、久野さんに白羽の矢が立ったそう。当初は宇宙人シリリだけのデザインの予定が、シリリの両親や宇宙人の道具、宇宙船のメカデザインまでこなした。
 

 
 2017年には、在学時代に月刊コミックビームに漫画作品を発表した経緯から、KADOKAWA出版より漫画『甘木唯子のツノと愛』を発行。普段アニメーションを制作していると、作画だけに楽しさを見出していると思われがちだが、漫画ではそれだけではなく、作り手としての意図を伝えたく、ストーリーがある話を何編か書いた。漫画を描くのは時間がかかるが、楽しい体験だったという。
 最近の仕事では、『クレヨンしんちゃん 爆盛!カンフーボーイズ~拉麺大乱~』(2018年)で本編の絵コンテの一部とエンディングの作画を担当。筆絵のタッチで作画を行うという、多岐に渡る表現力をもつ久野さんのマルチぶりが見てとれた。
 

 
 最後に、プログラムタイトルでもある“アニメのホヤ”とは、一体どういうものか。「小さい子供や、ホヤを見たことがない人にとっては、ホヤは食べにくいもの。アニメとはどこまでもコントロールできるもので、非常に細かく作れるもの。ただ、細かく作りすぎるとお客さんの幅、ひいてはアニメの幅が狭くなると思っている。ロトスコープでは偶然のアドリブの動きが面白かったりするように、テレビアニメ的なアニメだけでなく、自分の作るアニメが多くの人の目に触れることで、アニメの幅が広がるのではないかと思い制作を続けている。自分自身の作品がホヤのような、少し変わった作品であったとしても作り続けたい。また、そういった仕事の依頼はどんどん受けたい、と考えている」と久野さんは語った。